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昔懐かしいドット絵で、戦国武将が登場!

8bitの時代にはドット絵職人と呼ばれるようなグラフィックデザイナーがおり、限られたピクセルの中でいかにそのキャラクターの雰囲気を醸し出すかという事を競っていました。

今となってはノスタルジックなドット絵ですが、そのシンプルさと愛らしさはCOOLJAPANに通じるものがあると思います。

■井伊直政
徳川四天王にあって「井伊の赤鬼」と呼ばれる猛将。
井伊谷は元々今川方であったが、今川家滅亡の前に徳川に従属、しかしその後武田信玄の西上で最前線となり滅亡寸前に追い込まれていた。
家康の小姓から元服した直政は、政務と軍事両方に通じた武将として育っており、比較的武略一辺倒の徳川軍団においては貴重な存在となる。
武田滅亡後は、その旧臣達を再編成して赤備を再興し、直政が率いる事となったが、これは三河旧臣ではなく直政に付けることで武田旧臣へのモチベーションアップと直政の出世を兼ねた家康の判断である。

関ヶ原合戦においては東軍において秀忠の遅参があり、徳川軍が少ない中、戦後を考えると直政は先陣を切るのは徳川であるべきだと考えていた。
東軍には豊臣恩顧の武断派武将が多く参陣しており、他家の者が先陣を切った場合、その者たちを遇せざるを得ず、結果徳川の支配が及ばない事となる。

そこで、直政は先陣の福島正則を差し置いて抜け駆けをし、先端を切ったと言われているが、霧の中の遭遇戦において機転を利かせたのかもしれない。

関ヶ原の大勢が決まった後も警戒を怠らず、その結果島津の退き口では最も早い対応ができ、島津勢を猛追した。しかし、あまりの対応の速さから部下の兵士たちが付いてこれず、島津の捨て奸の銃弾を受けてしまう。結局はその古傷がもとで亡くなったと伝えられている。

直政は己にも部下にも厳しかったが、降伏した西軍諸将の取り成し役や幕府の体制固めなど、傷を押してその死の直前まで働き続けた。
その結果、井伊は徳川幕府において西国の要となり、後には大老を出す事となる。

■アクリルキャラスタンドの楽しみ方

・仕事場やお部屋の机などに置物として!
・武将数を集めれば陣立ても楽しめる!
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戦国dot魂『いいなおまさ』★武将キャラスタンド

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