本日「維新(14)の日」!!

本日7月14日(水)24時までに幕末維新グッズ『黒船社中』でお買い物された方全員に、レキシの定規『西郷隆盛』をプレゼント致します!

対象は黒船社中グッズを一品以上ご購入者いただいた方に限られます。この機会にぜひ幕末・維新グッズもご検討ください!^^

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人を相手にせず、天を相手にして、おのれを尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし(『南洲翁遺訓』)

今回の定規に書かれている西郷隆盛の名言です。

意訳する程の内容でもないですが、後半の”人を咎めず自分の誠実さの至らなさを反省せよ”、-何かあっても他人のせいにせず、自分に問題はなかったかを考える-という部分は、教育者でもあり”ラストサムライ”と呼ばれた西郷隆盛らしい言霊と言えます。

 

蛇足となってしまいますが、この名言の良いところはもう一つあり、同郷の島津藩士によって伝えられたのでなく『南洲翁遺訓』に書かれているという点です。

 

西南戦争で官位を剝奪され、汚名をきせられたまま戦いの中で亡くなった隆盛に対し、大日本帝国憲法が制定された1889年以降になってようやく名誉回復が図られました。この際の有名な出来事の一つが上野公園の西郷隆盛像、銅像の建立でした。

誰もが知る犬(ツンという名前です)を連れた西郷どんです。

ちなにもこの西郷隆盛像のモデルは別の人・・・という話もありますが今回はスルーします(笑)

 

この隆盛の名声回復の機運に対し、かつての恩に報いたのが元々は薩摩藩と遺恨があった庄内藩士たちでした。

1868年、庄内藩は江戸市中で薩摩藩とイザコザを起こし、庄内藩を中心とする旧幕府軍が薩摩藩邸を焼き討ちにするという事件を起こしました。さらにその翌年には東北戦争で薩摩藩とも本格的な戦争となって庄内藩は降伏します。庄内藩では前年に薩摩藩邸焼き討ち事件も主導したため重い処罰を覚悟していましたが、隆盛の指示により薩摩藩からは寛大な措置が取られたといいます。そのことを知った庄内藩士の中で隆盛の名声は否応なしにも高まりました。

まさに「人を相手にせず、天を相手にし・・・」という今回の名言通りの行動です。庄内藩士はその後鹿児島の地にも招かれ、隆盛から軍事教練も受けるなど親交を深めました。

この時に隆盛が語った言葉や教えなどを庄内藩士がまとめたものが『南洲翁遺訓』という訳です。

 

ここで西郷さんについて長くは語れないので残念ですが、幕末というとどうしても坂本龍馬や新選組などに目を奪われがちです。

機会がありましたらぜひラストサムライ・西郷隆盛の人物像にも触れてみて下さいm(_ _)m