武将印紹介18「北条氏康」(墨将印)

本日10月3日は北条氏康の命日です。

 元亀二年(1571)10月3日北条氏康が小田原城で病没。享年57歳。
嫡子氏政への遺言は上杉謙信と断交して武田信玄と結ぶよう伝えたといいます。

 本日は名君として知られる北条氏康にまつわる話をお一つご紹介です。

 

 小田原北条氏三代・氏康は二代氏綱の子で、初代早雲の孫です。軍政両面において卓越した能力を持っていた彼は、武田信玄・上杉謙信という名将たちにも引けを取らずに国を守りました。氏康の逸話は数多くありますが、氏康が息子の氏政に国を譲って隠居した後にこんな話が残っています。

 今は何が楽しみなのかという氏康の問いに、氏政は「能力のある者を選んで使い分けることが最も楽しい」と答えました。それに対して氏康はこう述べています。

「うむ、それは良いことだ。しかし主が家臣を選び分けるのは当たり前のこと。また家臣が主君を選ぶこともある。隣国が戦った時、日頃家臣を愛さず領民を慈しんでいないと、彼らは他国の明主良将のもとへと去ってしまう。家臣を愛し民を慈しむことは主自らの務めであって、たとえ重臣であってもこれを任せてはならない。衣食住に事欠かない裕福な家に生まれても、下情に通ぜず低い身分の者が武功を挙げても無視したり、一生懸命務めても褒美をやらなければ皆恨みを抱く。有事の際にだけ甘い言葉を掛けても決して喜んで命には服すまい。だから小さな手柄や努力であっても忘れることなく、時には褒美を与えてますます励み進ませるようにせよ。これを調議と名付けて嫌う者があるが、大いに心得違いである。平生より下の者の苦労を軽く見てはならない」

 『武将感状記』に見える、名将・氏康の人間性がよく読み取れるエピソードです。法名は大聖寺殿東陽宗岱大居士、墓は神奈川県箱根町の早雲寺にあります。

 

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